2016年12月13日火曜日

言葉の限界

言葉には限界がある。

感覚の世界を言葉で表現しようとしても、私が感じている世界を100%正確に表現することは絶対にできない。気持ちを言葉に表すということも、私には本当に難しい。

だからこそ、言葉を丁寧に選ぶことが大切だと感じる。

私がドラム講師として技術を伝える時ももちろん言葉を使うが、その言葉を相手がどのように受け取るかは相手次第。言葉の解釈の仕方には、その人の人生がすべて反映される。違う人生を生きている者どうし、一つの言葉を100%同じように解釈できることはまずないと感じる。

考えてみれば、恐ろしいことだ。伝わった「つもり」なだけで、伝わっていない。そんなことが、実はしょっちゅう起きているのだ。

だから、私は言葉に頼らない伝え方を模索している。

一つは、体感してもらうというやり方。身体で覚えてもらう。そのほうが良く伝わる。

それでも多くの人は、体感したことをまた言葉に置き換えようとしてしまう。それはもはや「クセ」である。そういう私も、そのクセを強く持っている。

感覚を感覚のままで置いておいて、熟成させるというのは難しい。

技術を身につけるためには、その土台になっている感覚を味わい、それを言葉で汚さず、純粋なものとして、手つかずの状態で置いておくこと。そしてそれを見守り、熟成させること。

それを実現するためには、余計な思考を排除することが不可欠だ。

言葉にならないもの、言葉にできないものを他人と共有するのは本当に難しい。だからこそ、言葉を丁寧に使いたいと思う。

2 件のコメント:

  1. 神戸のTです。
    先生が伝えたいこと、同じように感じることが仕事でありました。

    僕は長年、「職人」と呼ばれる分野をしていました。
    先輩からは言葉ではなく、見たり感じたり、試行錯誤して仕事を覚えました。
    マニュアルも言葉での説明もありませんが、しっかり職人になれました。

    しかし、今の仕事はマニュアルや言葉で指導するのが当たり前。
    不思議なことに上手く伝わっていない、間違ってマスターされてしまう、
    曲解や誤解でのトラブルが耐えません。

    言葉やテキストって、便利ですが難しいと感じることが多いです。

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    1. Tさん。何かを本気でモノにしたいと思ったら、言葉で学ぶだけでは到底足りないのですよね。実地で起こる様々なことにどのように反応するか、どう対処するかは、その場に身をおかなければわからないはずです。

      マニュアルは出発点でしかなく、そこからどう広げていくかが大切なんですよね。でも、多くの人はマニュアルを覚えた時点で思考停止してしまう。

      私は教育に根本的な原因があると思っていますが、その話は長くなるのでまたの機会に。。

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