2016年12月17日土曜日

相手がいてこそ

ドラムにせよ施術にせよ、一人で勉強する時間は楽しい。

それはまた、楽しいと同時に「楽」でもある。自分が間違いなく前進しているような気になって、安心だからだ。しかしその安心感は、実は見せかけだ。

一人で何をどんなに勉強したところで、相手がいなければ、それが価値を発揮する時は永久にやってこない。重要なのは、いま目の前にいる人に自分が何をしてあげられるかだ。私が何に興味を持ち、何を勉強してきたかなんて、相手には関係がない。「こだわり」なんていうのも、邪魔になるだけだ。

そんなことに気付いてから、私は本やDVDだけでなく、できるだけ先生について直接学ぶようになった。優れた先生は、生徒との関係の中で大切なことを伝えてくれる。それは文字や映像にできないものであり、人と人との関係の中でしか学ぶことはできない。関係の中で、技術や知識がどのように活かされているのか。反対に、知識や技術に頼ってはいけないのはどんな時か。そうしたことを実地に学ぶには、先生に直接習うしかない。

と、そんなことを言いながらも、まだまだ本やDVDを買い込んでしまう。これは私の性分だから仕方がないと思っているが、少なくともそれらを見るときは、その先生に習いたいという直感が働くかどうかを確認するようにしている。そして直感が働いたら、実際に習いにいく。習えなくても、その先生にお会いできる方法を考える。

ここでもやはり、直感だ。「こうあるべき」という固定観念を外し、過去の成功体験と比較したり、世間体を気にしたりといった、直感を妨げる要素をなくす。そうやって日々を過ごしていれば、ピンとくる出会いや縁は、必ず絶妙なタイミングで起こるべくして起こるはずだ。

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