2017年1月5日木曜日

「諦める」ことがスタートだった

年始は大阪で家族と過ごし、そのまま昨日から仕事始め。

家内と娘を新大阪駅で見送った後、思い立って実家の一室を施術室にしつらえた。綿のラグを二枚とヒーターを購入して模様替え。私はベッドを使わないのでシンプルだ。新しい空気の中、そのまま2名のお客様を施術させて頂いた。

こうして仕事の幅を広げることが出来ているのは、演奏のギャラだけで食っていくという夢を諦めたおかげだとつくづく思う。

それは、10年ほど前にドラムを教え始めて暫くした頃に諦めた。その延長線上に今がある。

「諦める」の語源は「明らめる」、すなわち「明らかにする」ということだそうだ。自分について明らかにして、それを理解する。この場合の「自分」には、自分を取り巻く周囲の状況、人間関係も全て含まれるだろう。

私の場合、演奏だけで生活するのを諦めることが出来たのは幸運だった。もちろん沢山の人にお世話になったし、自分なりにやるだけのことはやったつもりだ。しかし当時の私は人の役に立ちたいという気持ちよりも、自分がこうしたいという「こだわり」ばかりが強かった。それでは無理だということが「明らか」になったのだ。

自分を明らかにすること。自分の頭の中だけに存在するこだわりを捨て、より自分が生かされる道を見極めること。私はそれを、ドラムの生徒の皆さんから教えて頂いた。

諦めるのは苦しいし、勇気も必要だが、その先に新たな道があるのであれば、潔く諦めるのも悪くない。

反対に、どうしても諦められないこともある。それを「あきらめる」のは私の課題だが、一生かかっても終わりそうにない。

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